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No 481
Date 2005・09・24・Sat
そして赤ちゃんがやってきた12月初め頃から、なんとなく体調がわるくなって、自然食のお店ばかりに行きたくなって、タバコの煙なんてもってのほか、大好きだったビールが飲めなくなり、コーヒーの匂いすら辛くなって、、、そうそう、おなかが今一すっきりしなくて、絶食でもしてみようかとか思ったり、あまり好きじゃなかった台湾の臭豆腐が妙に食べたくなったり。
なんかおかしい、でもなぜ??? 最初は体調不良かと思っていたけど、さすがのおとぼけな私でも、一応女のはしくれ。1ヶ月近くも続く体調不良に予感するものがあり、薬局で妊娠検査薬を買ってきた。 結果は見事すぎるほど 陽性。 それを夫に伝えると、半信半疑の微妙な表情の夫。 そうだよねえ、全然覚悟がなかったもんねえ。私もだけど。・・・っていうか、ふーふ生活だってかなり控えめだったわけで。過去の不妊治療の努力はなんだったんだ? あの苦悩の日々はなんだったんだ? 翌日の12月30日、近所の産婦人科でも「おめでとうございます!」の結果。ひやあ、本当にこれがホントのおめでとうございますか・・・ここにたどり着くまで長かった。結婚して7年。内膜症の手術して5年。最初に不妊治療してから5年。治療やめて・・・えーっと3,4年?? 忘れちゃった。 夫はまだ微妙な表情。なんか、頼りない。 まあ気持ちはわかる。私だって不安もいっぱい。夫の仕事とか私の仕事とか。生活の問題とか。妊娠はゴールではなく、新たなスタート。当たり前のことだけど。楽しみであり、不安でもあり。でも、なんにせよ、めでたい。 7週目に入ったばかりの、9ミリの赤ちゃん、こんにちは。 |
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No 480
Date 2005・08・24・Wed
台湾足ツボの奇跡!?台湾で足ツボマッサージをやってもらったきっかけは、単純に疲労。
毎日朝から夕方までクーラーのがんがん効いた室内でパソコン画面やら資料やらとにらめっこしつづけると一週間ぐらいで食欲不振。腰痛に足のむくみ。視力の低下。身体を温めようにも、安宿には湯船なし、シャワーのみ。わらにもすがる思いでガイドブックの足ツボマッサージを訊ねてはまりました。もう気持ちいいの、体調一気に回復するのったら!! その後、親戚をガイドした小台湾旅行でも、姑たちから足ツボマッサージの希望があったので、有名どころらしい別のお店呉神父建康中心に案内しました。 専門的な雰囲気の部屋に職人風のおじさんたちが無言で地元のお客さんの足をマッサージしていて、携帯にはひっきりなしに予約の電話があってと、かなり信頼できそうなお店でした。日本語もあまり通じないのが逆にいい感じで。値段も手ごろで。 私を担当してくれた謝さんは、口数も割と多く明るい人。 そのせいか、夫がマッサージを受けている間、私はつい「夫の体はどう?実は精子の数が少し少ないって医者に言われたんだけど・・・」なんて不妊のことを北京語で相談しちゃったりして。 そうしたら、謝さんは任せろ!とばかりにはりきって、生殖関係のツボを念入りにマッサージ。夫が悲鳴をあげるほどやってくれました。そして、「ここを毎日2回、1回2分」「マッサージだけじゃなく、ちゃんと病院にも行きなさい」と何度もアドバイスしてくれました。 ちなみに夫は北京語はわからないけれど、謝さんとそのそばにいた数人の按摩師さんたち(全て男性)が猥談聞いたときみたいにニャッとしたので、なんとなく内容を察したとか。 姑や義妹が聞いているところで夫の不名誉(?)は話題にできないけれど、北京語なら彼女たちがわからないのでok。北京語でも英語でも、姑の前で「夫にも不妊の原因がある」ことを口にするって、実はかなりすっきりすることだったのかも。 よく、不妊で悩んでいる夫婦が海外旅行して子供ができる・・・なんて話を聞くけれど、私も勝手知ったる海外で開放的な気分になれたのかな? 謝さんの腕前か、それとも海外旅行のおかげか、私のストレス解消の成果かはわからないけれど、2ヵ月後に赤ちゃんがやってきました。不妊治療のことも、子作りのこともほとんど忘れ、このまま夫婦水入らずでもいいな、猫たちとラブラブ生活でもいいな・・・なんて思っていた頃に。 |
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No 479
Date 2005・07・24・Sun
猫達のおかげ「子供ができなかったら、猫を飼おうか?」
そう夫が言った翌日、シロはやってきました。団地の5階まで階段を上がってついてきて、ちゃっかり家にあがりこんで、ぬくぬくして。 それ以来、しばらく外猫だったシロは、いつの間にか我が家の猫になりました。 ![]() 賢くて、おとなしいシロは団地でも我が家でも人気者。何度も小豆島に帰省して、島のジジババにもかわいがってもらいました。ゴロゴロ甘えるシロのおかげで、どれだけ気持ちが楽になったことか。 一番うれしかったのは、舅がシロを孫同然に扱ってくれたこと。 子供がいなくて何が辛いって、他人の家族が子供を囲んで幸せそうにしているのを見ることと、舅や姑の「できたらいいのに」なんて一言だと思うけど、小豆島の舅はシロを自分の孫みたいにかわいがってくれたので、私も夫もなんだか子供がいるような幸せな時間を過ごすことができました。 そして、淋しがっていたずらしたら愛情たっぷり示してあげること、トイレを失敗しても叱らない事、根気よく教えることなど等、子育ての基本にも似たことは、猫たちが教えてくれました。二匹の猫たちの予行練習があったおかげで、子育てにもほとんどイライラせずに済んでいる気がします。 ■ 子供ができて引越しすることになったら、シロはいつの間にかいなくなってしまいました。団地の人気者だから、どこかの家でぬくぬくしているかもしれないし、結構おばあちゃんだったから人知れず天寿を迎えたのかもしれない。 もしかしたら、ひょっこり現れるかも? 1年たった今でも、前の団地の近くを通ると、必ずシロを探して歩きます。 |
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No 478
Date 2005・06・25・Sat
マンガで夫婦生活対策子宮内膜症のホルモン治療をしている人は、薬の副作用で夫婦生活が苦痛になるらしいです。私もしっかりそうなりました。
本能の壊れた動物=人間の場合、セックスの快楽というのは、ほとんど「脳」の作用なのだとか。その脳にブレーキのかかる薬をつかって治療しているんだから、あたり前って言えばあたり前。身体は言うこと聞いちゃくれません・・・というか、そもそも快楽どころじゃない精神状態です。ホルモン治療が原因で夫婦仲に問題が生じる・・・なんてことも世間ではあるとか、ないとか。方や夫婦生活の苦痛、方やセックスレスの苦痛。ストレスのたまる副作用で、さらにストレスがたまる悪循環。 そんなとき、お世話になったのが近所のマンガ喫茶。現実逃避やストレス解消になるだけでなく、マンガの中の恋愛シーンは、しっかり脳味噌にも作用して、薬の副作用を麻痺させ、夫婦生活の復活にも役立ってくれました。 映画でも小説でもロマンチックなものならどれも効果があるのだろうけど、映画だとわざわざ電車に乗って映画館に行かないといけないし、チケットも高い。小説は好みで当たり外れが大きすぎるし、読むのに体力もいるし。 最近のマンガはちょっと・・・という私も過去の名作もしっかり読めたり、往年のベテランががんばっていてくる大人向け女性雑誌の作品も読めてうれしい。少年&青年漫画も、喫茶店にあれば気軽に楽しめるし。 うっかり少年漫画に手を出して、どうしようもなくはまってしまったりとか、いつもだったら絶対手に取らない時代物漫画とか。思わぬところでファンサイトに入り浸って、知り合いができてオフできて。漫画や本の力ってすごいもんです、ホント。 ■お世話になったマンガ(ごく一部)
ひかわ作品はどれもやさしい気持ちになれて、ほっとするラブストーリ
思い出すままにリストアップしてみたけれど(忘れている本もかなりあるはず)。どうやら最初は自分の波長に同調してくれる「暗いマンガ」ばかり読んでいて、その後、だんだん復活してきたら「元気のでる成長もの」へと流れていった感じか? |
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No 477
Date 2005・06・24・Fri
献血でストレス解消鬱々とした気分が続くと破壊的なことを考えたりする。
どういう形でもいいから、一気に今の状況を変えたくなる。自分で自分を壊してしまいたいような衝動にかられることもある。 なぜか、そういう時、いつも私の目の前には赤十字の献血車両が現れる。私は献血して、人の役に立ってうれしくなり、ジュースや記念品をもらって満足する。もちろん赤十字の人たちと病気で困っている人にもラッキー。世の中上手くできているなと思うのはこんなとき。 自傷行為という言葉がある。過度のストレスや鬱で悩んでいる人がリストカット・骨を折る等、自分で自分を傷つけることを言うそうだ。そこまでいかなくても、暴飲暴食だって一種の自傷行為だし、学校や街中で不良っぽいことするのも、売春や行きずりのセックスも自傷行為の範疇らしい。自分を肉体的にも社会的にも傷つけることで安心したり、すっきりしたり、誰かに「助けて欲しい」「振り向いて欲しい」気持ちをあらわしたりするのだそうだ(他にもいろいろ理由はあるらしい)。 自分を多少傷つけるけど、同時によそ様の役にも立てる献血。しかも1年に何回以内と決められているから制限もあるし、体調が悪いときには、検査の段階ではじかれるから、健康のバロメータにもなる。 高校時代からなぜか献血は嫌いじゃなかった。 大学時代でも悩み多きとき、しんどいときほど献血がしたくなった。献血程度で済んでいるオメデタイ奴だったこともあるけど、たくさん献血してたから鬱屈が貯まらず、オメデタイ奴程度の悩みで済んできたのかもしれない。不妊治療時代にはたくさん記念品ももらえたし(笑)。 最後に献血したのは、2003年12月。スーパーの前。わけもなく「これが最後かな?」なんて思った。なんとなく体調が今までに無い不思議な感じだったから。これまでの感謝の気持ちもこめつつ、診察台にあがったのを覚えている。妊娠しているのがわかったのはその1週間ほど後のこと。 |
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